
戸隠神社奥社
長野県長野市戸隠、戸隠連峰の麓に、戸隠神社奥社は鎮座する。標高約1,200メートル、深い杉並木の参道の終点にあるこの社は、戸隠神社の中心的な神社であり、創建は約2,000年前と伝えられる古社である。 社名の由来となっているのは『古事記』の天岩戸神話である。天照大神が岩戸に隠れた際、天手力雄命が岩戸を引き開け、その岩戸が大空を飛んで信濃国に落ちた、これが戸隠山だという伝承が、奈良時代以降の文献に登場する。実際に戸隠山西岳には西窟と呼ばれる岩窟があり、平安期から修験者の修行場として知られていた。 戸隠が日本の山岳信仰史で特別な位置を占めるのは、修験道の本拠地のひとつとして1,000年以上にわたり機能してきたためである。平安時代から鎌倉時代にかけて、戸隠山顕光寺と呼ばれる修験寺院群が形成され、戦国期には比叡山と並ぶ修験の一大拠点に成長した。修験者たちは奥社、中社、宝光社、九頭龍社、火之御子社の戸隠五社を結ぶ修行路を歩き、断食・水行・読経の厳しい行を積んだ。 明治の神仏分離令により顕光寺は廃され、寺院機能は戸隠神社として再編された。修験道の修行者は減ったが、戸隠は今も信仰の山として人を集める。とくに2009年のミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで奥社参道の杉並木が三つ星評価を受けて以降、全国から参拝者が訪れるようになった。 参道はおよそ2キロメートル、両側に樹齢400年を超える杉の巨木が約500本並ぶ。冒頭に随神門と呼ばれる赤い門が立ち、中盤からは杉の天井に空が覆われる。光が斜めに差し込み、地面に苔の絨毯が広がる。観光客と参拝者が同じ道を歩くこの参道は、観光と信仰のどちらの側からも訪れる価値のある場所として、長野県を代表する文化資源になっている。 冬季は積雪のため参道閉鎖。例年11月下旬から4月下旬までは奥社へのアクセス不可。最新の参拝可能期間は戸隠神社公式サイトで確認できる。





