
三沢市旧米軍キャンプの幽霊兵士
三沢基地は1938年、旧日本海軍が建設を開始し、1942年に飛行場として開設された。戦中は三沢海軍航空隊の拠点として機能し、複数の航空中隊が配備された。1945年の敗戦後、米軍が接収し、朝鮮戦争を契機に前線支援基地としての重要性が増した。1958年からは航空自衛隊との共同使用が開始され、現在に至る。 基地周辺は太平洋に面し、小川原湖の広がりが見られる水平線の広がった土地である。フェンスで隔離された滑走路沿いの松林と草地は、夜間の暗がりのなか独特の空気感を帯びた環境として知られている。軍事施設という特性上、一般人の立ち入りが厳しく制限されているため、夜間に周辺区域を訪れる者の間では、滑走路付近での不可解な現象についての証言が散見される。これらの現象が、戦中戦後の複数世代にわたる航空史と軍事的記憶の堆積のなかで、物語的に解釈される傾向がある。
