
屋島
瀬戸内海に張り出した香川県高松市の屋島は、標高292メートルの溶岩台地である。北西から南東に細長く延びる地形が屋根を伏せたように見えることから屋島と呼ばれた。古代には完全な島だったが、近世の干拓と現代の埋め立てによって陸続きとなり、現在は車道とドライブウェイで山頂までアクセスできる。 屋島が日本の歴史的記憶に深く刻まれた理由は、12世紀末の源平合戦である。寿永4年(1185年)2月、源義経率いる源氏軍が高松の海岸線に到達し、屋島に陣を敷いていた平家軍を奇襲した。義経が暴風雨をついて阿波に上陸し、わずか150騎で陸路を駆け抜けて屋島の背後に回り込んだ作戦は、軍事史上の名場面として『平家物語』に詳述されている。 源平合戦の屋島の戦いにまつわる挿話のなかで、最もよく知られているのが「扇の的」であろう。海上に揺れる平家方の舟から、女房が竿に扇を立てて源氏方を挑発した。これに源氏軍の那須与一が応えて、海中の馬上から扇を射抜いた。日本中世文学が描いた象徴的な瞬間として、長く語り継がれている。 この合戦で命を落とした武士の数は明確な記録としては残っていない。源氏方の損害は比較的軽微だったが、平家方は多数の戦死者を出し、わずか2か月後の壇ノ浦の戦いに繋がる流れを決定づけることになる。 現在の屋島は、四国八十八ヶ所霊場第84番札所・屋島寺を頂に置く信仰と観光の山である。山頂からの瀬戸内の眺望は四国を代表する景観のひとつで、新屋島水族館や2022年に開業した山頂施設「やしまーる」など、現代的な観光資源も整備されている。古戦場としての記憶と、いまの瀬戸内観光の中心としての顔とが、同じ台地に共存している。