神域・霊場·高知県 高知市
吉良神社
戦国時代末期、土佐を統一した長宗我部元親の甥であり婿でもあった吉良親実は、後継者問題をめぐって元親を諫めたことから逆鱗に触れ、天正16年(1588年)に切腹を命じられたと伝わる。親実の死後、殉じた家臣たちの霊とともに周辺で怪火や人馬の駆ける音、首のない武者の姿などが目撃されるようになり、関係者の家系にも不幸が続いたとされる。これらの怪異を鎮めるため、江戸期に入り土佐山内家によって親実の墓が改葬され、吉良神社が建立された。社殿脇には殉死した七名を祀る七所神社が置かれ、境内には親実の首を洗ったと伝わる手水鉢も残る。この一連の言い伝えは、水辺の事故や災害による集団死者の霊とされる「七人みさき」伝説の発祥地の一つとして高知県内で広く知られており、大きな事故や不幸が起こるたびに「七人みさきの祟り」と結び付けて語られてきた。現在も心霊スポットとして紹介されることが多く、老爺の幽霊が現れるとの噂も伝わっている。