
旧陸軍飛行場跡地(知覧)
鹿児島県南九州市にある旧陸軍知覧飛行場跡地は、太平洋戦争末期に陸軍特攻隊「と号部隊」の出撃基地として使用された歴史を持つ。1945年4月以降の沖縄戦において、本土最南端に位置したこともあり最も多くの特攻隊員がここから出撃し、全戦死者のうち439名を数えたとされる。戦後は1955年に観音堂、1975年に遺品館が設けられ、1987年に現在の知覧特攻平和会館が開館し、慰霊碑とあわせて整備された慰霊の場となっている。 心霊関連の投稿は件数が限定的だが、複数のまとめサイトでは、展示されている隊員の遺影に白い影や別の顔が写り込む、微笑む青年の姿が一瞬現れて消えるといった噂が繰り返し取り上げられている。遺書や最後の手紙が並ぶ一角で強い寒気や見られている感覚を覚えたという体験も報告されており、霊感が強いとされる訪問者が無意識に「帰りたい」と口にしたり涙を流したりする現象も語られているが、こうした現象の解釈について投稿者自身も断定を避けており、具体的な怪奇現象の記録とは言えない状況である。これらの噂に対しては、ガラスケースの反射や館内の静けさが生む錯覚とする見方も有力である。 この場所は戦没者の慰霊を第一とする慰霊地であり、心霊スポット扱いでの訪問は地域の意向に合致しない。ネット上でも心霊目的の訪問に異議を唱え、平和学習の場として尊重すべきとの声が目立つ。開館時間内に会館を訪問し、平和学習と追悼の意図で訪れることが望まれる。