山梨県公園・城址系 心霊スポット

1 件の「公園・城址」に絞り込み

山梨県の心霊文化

富士山と南アルプスに囲まれた山梨県は、霊峰の影が深く落ちる甲斐武田の旧領である。富士五湖周辺に点在する廃業旅館の代名詞・廃ホテル藤屋旅館、明治以来多くの命を呑み込んできた旧笹子トンネルと現笹子トンネル——御坂峠の濃霧、青木ヶ原樹海の静寂、そして武田滅亡の落人伝承が、富士の威容と共に山国の闇を今も色濃く保ち続けている。

公園・城址という場所

城址や古戦場の上に整備された公園は、笑い声の下に幾百年の血を埋蔵する二重の地である。落城の悲劇、戦国の戦死者、処刑された武将の無念が、芝生や桜並木の根に絡みつく。行楽地化された静けさほど、地の底のざわめきを際立たせる。

公園・城址·山梨県 韮崎市

新府城跡

新府城跡は、天正9年(1581年)に武田勝頼が甲斐国内での本拠移転を目的に築いた城で、七里岩と呼ばれる台地上に位置する。翌年、織田・徳川連合軍の侵攻を受けた勝頼は、わずか68日で本拠を放棄することとなり、天正10年3月、自ら城に火を放って退去した。この際、城内にいた人質の多くが焼死したことが『信長公記』に記されており、泣き悲しむ声が天に響くほどであったと伝わる。ネット上では、この落城の際に多数の人質が地下に閉じ込められたまま焼き殺されたとする説も語られているが、確かな史料による裏付けは見当たらない。廃城後の跡地は徳川氏と北条氏による争奪の場となり、そのまま使われることなく荒れ果てた経緯も、跡地の陰惨な印象を強めているとされる。この短命かつ悲劇的な落城と結びつく形で、城跡には武将や兵の霊が現れるとの噂が広まっている。目撃談としては、鎧姿の武者や、子を連れた女性の姿、夜間に浮かぶ火の玉などが挙げられ、女性の霊については赤らんだ顔で着物を着ているとの話も伝わる。本丸へ続く石段では、13段目で後ろを振り返ると落ち武者が駆け上がってくるという話が広く知られており、心霊写真が撮れやすい場所としても言及されることが多い。ネット上の投稿では、目撃される霊の多くは男性の落ち武者だとする声も見られる。現在は国指定史跡として整備され、本丸跡には勝頼を祀る神社が建てられており、日中は見学地として訪れる人も多い。

山梨県の他のカテゴリ