東濃朝鮮初中級学校跡
東濃朝鮮初中級学校は1975年、在日コリアンの子どもたちに民族教育を行う場として岐阜県土岐市に開校した。初級部・中級部・幼稚班を備え、多い時期には約100人が通ったとされる。しかし少子化や通学区域の変化により生徒数は減少し、1997年に中級部が、1998年には初級部が愛知県の東春朝鮮初中級学校へ統合される形で閉校した。以来、丘の上に建つ独特な外観の鉄筋校舎はそのまま残され、廃墟として知られるようになった。 インターネット上では、閉校後の校内で足音や笑い声が聞こえた、誰もいない教室や廊下から人の声がしたといった体験が複数のサイトで紹介されている。音楽室付近から歌のような声が聞こえたという報告や、探索者の一人が韓国語に似た言葉を発したという話も見られる。一方で、調査を行った側からは音楽室から漏れた音が校舎内で反響して聞こえた可能性も指摘されており、現象の解釈は一様ではない。廃墟としての外観の完成度が高く、心霊雑誌や動画配信で繰り返し紹介されてきたことも、噂の広がりに影響したとみられる。

