
中津川市旧馬籠宿の旅人霊
岐阜県東部・恵那山の山麓に位置する中津川市の馬籠宿は、中山道六十九次のなかでも険しい木曽路の入口にあたる宿場町である。石畳の坂道に沿って本陣跡や旅籠、水車小屋が並び、島崎藤村『夜明け前』の舞台としても広く知られる土地である。江戸期には参勤交代の大名行列や商人、御嶽信仰の巡礼者、伊勢参りの旅人が往来し、峠越えの途上で倒れた人々を弔う祠や供養塔、馬頭観音が街道沿いに今も静かに残されている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、人気の絶えた夜更けに石畳の坂道に立つと、自分の足音に少し遅れて藁草履のような乾いた音が背後をついてくる、というものである。常夜灯の灯影の下に菅笠と振り分け荷物の輪郭が一瞬浮かんだ、軒先で誰かに道を尋ねられる気配を感じたが振り向くと誰もいなかった、水車小屋の方向から拍子木のような音が一度だけ響いた、と語る訪問者がいる。 地元では、街道で旅半ばに命を落とされた方々への弔いが、街道沿いの地蔵や祠への花手向け、宿場祭りや町並み保存会の活動を通じて世代を超えて続けられてきた。現象の話は怪異というより、宿場を支えた人々と旅人の縁を今に伝える語り口として、保存の歩みと共に大切にされている。 馬籠宿は住民が暮らす生活道路でもあり、深夜の徘徊・大声・無断撮影は迷惑行為となる。心霊目的での訪問は控え、訪れる場合は日中に石畳の宿場町を散策し、旅に倒れた方々と街道を守ってきた人々への敬意を最優先にしていただきたい。




