
旧鬼ケ城トンネル
岡山県真庭市の山間に残る旧鬼ケ城トンネルは、中国山地の険しい峠を貫いて山陽と山陰の集落を結ぶために設けられた古い隧道で、新道の開通とともに役目を終え、1960年代以降は通行が制限されたまま、苔と落葉に覆われて静かに山に還りつつある構造物である。湿った素掘りに近い壁面、滴り続ける天井水と冷気、坑口を抱く杉木立の暗さが独特の重さを生み、地域では代表的な怪奇譚の舞台として長く名を残してきた峠道である。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、夜間に旧トンネル前まで近づくと、内部の奥から低いうめき声と複数人の足音らしき反響が、不規則な間隔で届いてくる、というものである。懐中電灯の光が中ほどでふっと吸い込まれるように届かなくなったという話、入口の冷気が外気と明らかに違って体温を強く奪うように感じたという話、車のラジオとカーナビが峠頂で激しく乱れたという話が伝わる。 地元では、難工事の隧道掘削で命を落とされた工夫の方々への弔いを欠かさず、峠口の祠や供養塔に酒や花を手向け、手を合わせる風習が今も続けられている。怪談は単なる肝試しの題材ではなく、人々の往来を支えた殉職者への記憶を風化させぬための語りとして、世代を超えて受け止められてきた。 旧トンネル内は崩落・落盤の危険が高く、足下も濡れて滑りやすい。野生動物との遭遇や視界不良による滑落、転倒事故も十分に想定される。立入禁止区域には絶対に踏み込まず、工事に殉じた方々への敬意を込め、新道側から峠の歴史に静かに思いを馳せるにとどめてほしい。