
橋・高架·滋賀県 大津市
瀬田の唐橋(深夜の橋上)
瀬田の唐橋は、琵琶湖南端の瀬田川に架かる古代橋梁で、7世紀中期-後期に初めて架橋されたとされる。京と東国を結ぶ唯一の主要通路として、軍事的・交通上の要衝になった。「唐橋を制するものは天下を制す」と言い伝えられたのは、この戦略的価値が歴史上の多くの戦役と結びついたことに由来する。 壬申の乱(672年)では大友皇子と大海人皇子の最終決戦地となり、橋板を外して防衛しようとした大友皇子方が突破されて敗れた。その後も藤原仲麻呂の乱(764年)、寿永・治暦戦(1180年)、承久の乱(1221年)など、幾度となく戦闘の舞台となり、そのつど橋は焼かれたり破壊されたりを繰り返した。戦国時代には織田信長がこれを整備し、川中の中島を活用した大橋と小橋の二橋構造にした。現在の橋は1979年に竣工した鋼鉄コンクリート製で、全長223.7メートル。柔らかい反りと旧橋の擬宝珠を継承しており、日本三名橋の一つとして知られている。