
橋・高架·長崎県 長崎市
眼鏡橋
眼鏡橋は中島川に架かる石造の二連アーチ橋で、1634年に興福寺の住職・黙子如定が中国から石工を招いて架けたとされ、日本で最初期の石造アーチ橋として1960年に国の重要文化財に指定されている。1945年の長崎への原爆投下では、被爆した人々が水を求めて中島川に集まり、力尽きて命を落としたと伝えられる。この歴史を背景に、橋の周辺では衣服が破れた姿の人影や、川面に浮かぶ白い能面のような顔が目撃されるという噂が心霊系サイトなどで紹介されている。写真にオーブのような光が写り込むといった報告も見られる。一方で、爆心地は北方の浦上地区であり、眼鏡橋のある市街地中心部は山に隔てられて被害が比較的軽かったとの指摘もあり、噂と実際の被害状況には食い違いがあるとされる。1982年の長崎大水害では橋の一部が損壊したが流失は免れ、今も観光名所として多くの人が行き交う。