京都府の廃墟・残骸
廃病院、廃校、廃ホテルなど朽ちていく建物。
4 スポット
旧丹波療養所
京都府京丹後市にある旧丹波療養所は、1952年に結核患者の収容施設として設立されたが、医療技術の進歩による結核患者の減少と施設の老朽化によって1996年に閉鎖され、その後廃墟化していった。長年にわたって多くの患者が療養生活を送り、また命を落としてきたこの施設には強い霊的エネルギーが宿り続けているとされており、閉鎖後から不可解な現象が報告されるようになった。
旧吉田蚕糸場
京都府京丹後市にある旧吉田蚕糸場は、明治から大正時代にかけて日本の近代化を支えた蚕糸生産施設の跡地だ。最盛期には多くの女工が過酷な環境の下で長時間労働を強いられ、蚕の繭から生糸を繰り出す単調な作業を日夜続けさせられた。劣悪な労働環境の中で若い命を落とした女工たちも少なくなかったとされており、その無念が今もこの廃墟に残されているとされる。廃墟化した蚕糸場内部では、蚕を茹でる釜の音や糸車が回るような機械音が聞こえてくるという怪異が繰り返し報告されている。
旧京都第二陸軍病院
京都府京都市にあった旧京都第二陸軍病院は、1934年に建設された軍の医療施設で、第二次世界大戦中は数多くの負傷兵が収容されて治療を受けた場所だ。1945年の空襲で大きな被害を受けた後に廃墟と化してしまったが、この場所では今も夜になると患者の呻き声や足音が聞こえるという証言が絶えない。戦時中に多くの兵士が重傷を負いながらもこの病院で命を落としたとされており、その犠牲者たちの霊が今も病院跡に強く留まり続けているのだという伝承が地元では根強く残っている。
京都市嵯峨野 トロッコ列車廃線跡
京都市の嵯峨野地区に残るトロッコ列車の廃線跡は、1991年の廃止後に遊歩道として整備された部分もあるが、竹林の奥深くに残る廃線区間は独特の霊的雰囲気を持つスポットとして知られている。かつて列車が走っていたレール跡には今も錆びついた金属が残り、竹林の合間を縫う廃線跡は昼間でも薄暗い。夜になるとその薄暗さは一層増し、白い影が廃線跡を走り抜けるという目撃情報が絶えないという。地元では、廃止前に発生した事故の犠牲者の霊が今も列車の幻として廃線跡を走り続けているのだという伝説が語り継がれている。