
姫路城播州皿屋敷
播州皿屋敷は、姫路城の永正年間(1504-21年)にまつわる伝承である。城主小寺則職の家老青山鉄山が主家乗っ取りを企てた際、忠臣として城に潜り込まされたお菊という女性が謀反を防いだとされている。事件の発覚後、弾四朗という男がお菊に家宝の皿の紛失を因縁をつけて処罰し、城内の井戸に遺体を遺棄したとされた。江戸時代の文献では当該の井戸は「釣瓶取井戸」と記載されていたが、大正初期に姫路城が一般公開される際に観光資源として「お菊井戸」と命名された。事件年代(1504年)は現城郭の築城(1609年)より100年以上遡り、説話と現存する井戸の直接的な対応関係は不確実である。





