
おせんころがし
千葉県勝浦市から鴨川市にかけての太平洋岸に連なる断崖が「おせんころがし」である。外房の荒波が崖下を洗う景勝地であると同時に、昭和中期まで交通の難所として恐れられた場所でもある。地名の由来には、この地を治めた豪族の娘おせんの伝承がある。父の悪政を悔い改めさせようとした娘が、父の身代わりとなって崖から突き落とされた、あるいは自ら身を投じたと伝えられ、その孝心を悼む供養塔や地蔵が海を望む位置に建てられている。 戦後の一九五一年には、この断崖で母子が崖下へ突き落とされる殺人事件が起きたことも記録に残る。景観の美しさと、身投げの伝説、そして現実の事件という重層した死の記憶が、この海岸線を心霊の場として意識させてきた。崖の付近では女性や子どもの泣くような声が波音に混じって届く、姿の見えない足音が近づいてくる、といった話が伝えられる。強風と潮鳴りが感覚を狂わせやすい地形も、そうした語りを生む背景として挙げられる。訪れる人にとっては、外房の海と、そこで失われた命への弔いとが分かちがたく結びついた場所として受け止められている。
