大分県

別府市の心霊スポット

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別府市の人気スポット TOP2

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別府地獄めぐり・血の池地獄

別府市中心部から南東に約3キロ離れた鉄輪地区にあり、標高40~100メートルの丘陵地に位置する赤い熱泥池。奈良時代の『豊後国風土記』に「赤湯泉」として記録されており、日本最古の天然地獄とされる。池の面積は1300平方メートル余、深さは30メートル以上で、毎日1800キロリットルの湯が湧出する。 水の赤さは地下の還元環境で形成された酸化鉄と酸化マグネシウムが地表に噴出し堆積することによるもの。泉温は約78度、泉質は酸性緑礬泉。江戸期から明治初期にかけて、この色彩と熱気は訪問者に強烈な印象を与え、仏教の地獄観と重ね合わせて語られた。地名は宗教的想像力と現実の地形が融合した呼称である。 1927年(昭和2年)に高さ220メートルまで達する大爆発を記録。この噴出現象は当時、地球の内部で起こる自然の激変として驚嘆と畏怖の対象となった。その後、爆発を防ぐため定期的なかくはん作業が実施されるようになり、科学的管理が進められた。2009年、龍巻地獄・海地獄・白池地獄とともに国の名勝に指定。現在は観光施設として整備され、赤い泥から製造される「血の池軟膏」は皮膚疾患用の医薬部外品として販売されている。昭和後期以降、心霊愛好者が訪れる傾向もみられるが、これは公認施設としての資格に矛盾している。

山道・峠
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神楽女湖

別府市の鶴見岳南東斜面、標高およそ600メートルに位置する神楽女湖は、周囲約1キロメートルの湖である。湖の名は、平安時代に鶴見岳社の歌舞女がこの地に住んでいたという伝説にちなむとされ、現在は花菖蒲の名所として親しまれている。一方でこの湖の周辺道路には、小学生ほどの少女の霊が現れるという噂がある。雨の夕方や夜間に白い服の少女が道端に立ち、迷子になったので送ってほしいと車に声をかけてくるとされ、応じて乗せると車内から姿が消えたり、そのまま事故につながったりするという話が伝わっている。この噂の由来として語られるのが、近くの少年自然の家でオリエンテーリング中に小学5年生の女児が行方不明となり、駐車場脇の雑木林で遺体が発見されたとする出来事で、転落による事故死と判断されたと伝わるが、報道での裏付けは確認できていない。現場付近には当時、子どもに話しかけないよう促す看板が立てられていたとも言われる。湖への道沿いには伐採を試みた作業員が負傷したため長く切られずに残った一本桜もあり、この場所にまつわる怪異として合わせて語られている。

水辺

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別府地獄めぐり・血の池地獄
大分県 別府市·山道・峠

別府地獄めぐり・血の池地獄

別府市中心部から南東に約3キロ離れた鉄輪地区にあり、標高40~100メートルの丘陵地に位置する赤い熱泥池。奈良時代の『豊後国風土記』に「赤湯泉」として記録されており、日本最古の天然地獄とされる。池の面積は1300平方メートル余、深さは30メートル以上で、毎日1800キロリットルの湯が湧出する。 水の赤さは地下の還元環境で形成された酸化鉄と酸化マグネシウムが地表に噴出し堆積することによるもの。泉温は約78度、泉質は酸性緑礬泉。江戸期から明治初期にかけて、この色彩と熱気は訪問者に強烈な印象を与え、仏教の地獄観と重ね合わせて語られた。地名は宗教的想像力と現実の地形が融合した呼称である。 1927年(昭和2年)に高さ220メートルまで達する大爆発を記録。この噴出現象は当時、地球の内部で起こる自然の激変として驚嘆と畏怖の対象となった。その後、爆発を防ぐため定期的なかくはん作業が実施されるようになり、科学的管理が進められた。2009年、龍巻地獄・海地獄・白池地獄とともに国の名勝に指定。現在は観光施設として整備され、赤い泥から製造される「血の池軟膏」は皮膚疾患用の医薬部外品として販売されている。昭和後期以降、心霊愛好者が訪れる傾向もみられるが、これは公認施設としての資格に矛盾している。

神楽女湖
大分県 別府市·水辺

神楽女湖

別府市の鶴見岳南東斜面、標高およそ600メートルに位置する神楽女湖は、周囲約1キロメートルの湖である。湖の名は、平安時代に鶴見岳社の歌舞女がこの地に住んでいたという伝説にちなむとされ、現在は花菖蒲の名所として親しまれている。一方でこの湖の周辺道路には、小学生ほどの少女の霊が現れるという噂がある。雨の夕方や夜間に白い服の少女が道端に立ち、迷子になったので送ってほしいと車に声をかけてくるとされ、応じて乗せると車内から姿が消えたり、そのまま事故につながったりするという話が伝わっている。この噂の由来として語られるのが、近くの少年自然の家でオリエンテーリング中に小学5年生の女児が行方不明となり、駐車場脇の雑木林で遺体が発見されたとする出来事で、転落による事故死と判断されたと伝わるが、報道での裏付けは確認できていない。現場付近には当時、子どもに話しかけないよう促す看板が立てられていたとも言われる。湖への道沿いには伐採を試みた作業員が負傷したため長く切られずに残った一本桜もあり、この場所にまつわる怪異として合わせて語られている。