
庄原市の廃農村
広島県庄原市は、中国山地の脊梁部に位置する内陸の市で、棚田と高原野菜、和牛の放牧に支えられてきた農の土地である。豪雪と急峻な地形のなかで小さな谷ごとに集落が点在してきたが、戦後の高度経済成長と過疎化の波のなかで、山あいの戸数は減り、棚田の一部は耕作を止めて石垣だけが残る一画となった。中国山地の農の記憶が色濃い土地として、農繁期の夕刻に田で働く人影の幻が見えるという話が、地域の語りのなかで穏やかに受け継がれてきた。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、田植えや稲刈りの時期の夕刻、人気のない棚田を山の上から見下ろすと、誰もいないはずの段の上で腰を曲げて作業をする幾人かの輪郭が並んでいる、というものである。畦の方角から鎌を研ぐような乾いた音と、牛を追う低い掛け声が一度だけ届いた、と語る訪問者がいる。山霧と夕陽の重なる時間とが、土地の暮らしの記憶を像として呼び戻す地形である。 地元では、急傾斜の土地を石垣で守りながら米を作ってきた先人たちへの敬意が、世代を超えて静かに受け継がれてきた。離農や離村は怪異ではなく構造変化の帰結であり、住民は耕作放棄地を「先人の汗の跡」として静かに見守り、現象の話を煽情的に語ることを慎んでいる。 棚田の石垣は崩落しやすく、山道は熊の出没や落石の危険がある。私有地や農地への無断立入は厳禁で、心霊目的の深夜訪問は控え、訪れる場合は日中に集落の生活圏を避け、中国山地の農と暮らしへの敬意を欠かさないこと。