
内灘町廃砂丘の怪異
内灘町は北陸地方の砂丘地帯であり、手取川から運搬された砂が日本海沿岸に堆積して形成された独特の地形を持つ。この砂丘は旧砂丘と新砂丘の層構造を持ち、旧砂丘からは石器時代の遺物が出土している。戦後の1952年から1957年にかけて、砂丘の大部分がアメリカ軍の砲撃試射場として接収され、地元住民による反対運動が展開された。この「内灘闘争」は戦後初の基地反対闘争として全国的に注目を集めた。試射場返還後、砂丘は農業地や宅地開発の対象となり、現在では町の大部分が宅地化されている。開発から取り残された区画には、風食によって常に形態を変える砂丘が現存し、能登半島の付け根と日本海を分かつ自然境界として荒涼とした景観を保ち続けている。この地の歴史的記憶と自然景観の落差が、心霊現象の語り部として機能している側面がある。


