群馬県路上・交差点系 心霊スポット

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群馬県の心霊文化

上州の山々と利根川に抱かれた群馬県は、明治の鉄道開通と峠越えの労苦が刻まれた地である。明治期に碓氷峠を貫いた旧熊ノ平駅では昭和の落盤事故で死者を出し、レンガ造りのめがね橋には工事犠牲者の影が漂う。新田義貞の故地でもある旧三国峠、地元で最恐と語られる畑トンネル——峠と鉄路に染みついた労働者と武者たちの記憶は、今もこの上州に息づいている。

路上・交差点という場所

事故多発地点や行き止まりの路地は、近代以降の急死が集積する新しい怪異の温床である。古くは首塚・処刑場・辻斬りの場として血を吸った土地が、舗装の下で記憶を失わぬまま残り、車のライトが横切る一瞬に、見えぬ何かを照らし出す。

旧碓氷峠鉄道施設
路上・交差点·群馬県 安中市

旧碓氷峠鉄道施設

廃線となった碓氷峠の旧鉄道施設では、夜間に作業員風の人影が線路跡をゆっくりと歩いているのを目撃したという話が複数語られている。特に「めがね橋」と呼ばれる碓氷第三橋梁の付近では、橋の上から誰かに見下ろされているような視線を感じたという体験談が絶えず、写真に不審な光の玉や白い靄が写り込んだとされる報告もある。また、アプトの道のトンネル区間では、照明が届かない奥から足音が近づいてくる音を聞いたという噂が地元で根強く残っており、工事中に命を落とした労働者たちの霊が今も峠に留まっているのではないかと言われている。 碓氷峠は群馬県安中市横川と長野県軽井沢町を結ぶ標高差553メートル、11.2キロメートルという日本屈指の急勾配区間で、明治期から鉄道技術の試金石となってきた難所である。1893年(明治26年)にアプト式ラックレールを採用して開通した旧線には、18基のトンネルや200近い橋梁が建設され、その工事規模の大きさから多くの犠牲者が出たとも伝えられる。碓氷第三橋梁は煉瓦約200万個を使った国内最大級の煉瓦造アーチ橋として完成し、現在は国の重要文化財に指定されている。旧線跡は「アプトの道」として遊歩道整備が進み、横川駅前の鉄道文化むらから熊ノ平まで約6キロメートルが開放されているが、湿度の高いトンネル内では足元への注意が必要とされている。

榛東村旧軍用地の演習霊
路上・交差点·群馬県 榛東村

榛東村旧軍用地の演習霊

群馬県榛東村の相馬ヶ原は、明治43年(1910年)から陸軍の演習場として使用されてきた。昭和16年(1941年)には旧陸軍の士官候補生学校が設置され、戦後は1945年から1958年まで米軍による占領下の演習地となった。1959年に自衛隊施設として整備され、現在は陸上自衛隊第12旅団司令部が置かれている。 この台地は赤城・榛名の山々を望む位置にあり、百年以上にわたって軍事訓練の拠点として機能してきた。演習中の事故による殉職者に対する慰霊と祭礼は、部隊と地域住民の協働によって継続されている。近代日本の軍事史の一断面が地形に刻まれた土地であり、訓練という日常のなかで命を失った者たちへの哀悼が、静かに形作られ続けている場所となっている。

群馬県草津町法師岳ロープウェイ
路上・交差点·群馬県 草津町

群馬県草津町法師岳ロープウェイ

草津町にかつて存在した白根火山ロープウェイは、1960年に観光用ロープウェイとして開業し、スキー利用者や登山者に使用された施設である。1977年と1988年に架け替えが行われ、2,400メートルの区間を6人乗りのゴンドラで運行していた。2018年1月23日の本白根山噴火により、山頂駅の屋根が噴石で貫通しゴンドラの窓ガラスが割れるなどの被害を受け、同年2月9日に運営者は廃止を発表した。歴史的には、この山域では火山ガスに由来する登山者の死亡事故が複数記録されている。1971年12月にはフリコ沢で6名が、1976年8月には本白根山北西側のガレ沢で高校生ら3名が硫化水素中毒により死亡している。現在、旧ロープウェイ施設は廃墟として山上に残されており、火山活動の監視機器が設置されている。

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