
富岡市旧製糸場の女工霊
明治5年(1872)、明治政府は輸出用生糸の品質向上と技術普及を目的に、群馬県富岡に官営の器械製糸場を設立した。全国から募集した若い女性たちが、寄宿舎で集団生活を営みながら繰糸作業に従事した。当時としては恵まれた労働環境で、日曜日を含む週1日の休み、年間76日の休日、構内の診療所での無料医療、食事・寓泊費の無料化が実施されていた。 しかし、慣れない集団生活と過酷な労働により病に倒れる者が少なくなかった。富岡市内の龍光寺には、明治期に富岡製糸場で働き、帰郷できぬまま亡くなった52名の女性労働者の遺骨が埋葬されている。当時、帰郷の交通手段が限定的だったため、故郷に帰ることなく異郷で生涯を閉じた工女たちが存在した。施設は1987年の操業停止まで115年間稼働し、現在は世界遺産として保存されている。