廃墟・残骸

廃病院・廃校・廃工場は、人の営みが途絶えた瞬間の空気を凍結したまま朽ちていく場である。閉鎖の理由となった事故・経営破綻・集団的記憶の挫折が、剥落した壁や錆びた寝台に染みつき、訪れる者の足音だけがかつての日常をなぞる。

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都道府県別の廃墟・残骸スポット

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世界平和大観音像(平和観音寺)
兵庫県 淡路市·廃墟・残骸

世界平和大観音像(平和観音寺)

豊清山平和観音寺の名で1977年に開業した観光施設。1982年には総高約100メートル(像本体約80メートル、台座約20メートル)の観音像が完成し、当時としては国内最大級の像として注目された。台座部分は地下1階から地上5階までが展示空間で、クラシックカーの並ぶ交通博物館、絵画のレプリカを集めた美術館、陶磁器や時計の展示、鎧兜などを並べた民族博物館、展望レストランと浴場が入り、像の首のあたりには展望

黒崎砲台跡
長崎県 壱岐市·廃墟・残骸

黒崎砲台跡

黒崎砲台跡は長崎県壱岐市郷ノ浦町の黒崎半島にある旧日本軍の砲台遺構である。昭和3年(1928年)に着工し、3年余りの工期を経て完成した施設で、口径40センチ級の巨砲を二基備え、その規模は当時「東洋一」と称された。建設の背景には、ワシントン海軍軍縮条約により主力艦の廃棄が定められた際、廃艦となる戦艦の主砲を転用・保存する目的があったとする説が伝わっている。しかし完成後には戦争の主軸が海上から航空戦へ

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旧香川県立中央病院跡地
香川県 高松市·廃墟・残骸

旧香川県立中央病院跡地

高松市番町にあった旧香川県立中央病院は、老朽化に伴い2014年に朝日町へ移転し、旧建物は解体された。移転前のこの病院では2008年、顎変形症の手術を受けた患者の気道が術後にふさがり、院内の連絡不備で蘇生専門の麻酔医の到着が約3分遅れたことから低酸素脳症に至った医療事故が起き、2013年に病院側と2億2250万円で和解が成立している。閉鎖後の建物をめぐっては、地下の救急部から薬剤部へ続く廊下で、白衣

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岡山県 美咲町·廃墟・残骸

柵原鉱山跡(柵原鉱山トンネル・火之谷隧道)

岡山県美咲町の柵原鉱山は、江戸時代初期に発見されたとされる硫化鉄鉱の鉱山で、大正から昭和にかけて東洋屈指の規模に発展した。1918年の豪雨では地すべりが吉井川を閉塞して周囲一帯が冠水し、多くの犠牲者とともに坑道全体が水没する事態となったほか、1945年の枕崎台風でも坑道が水没する被害を受けている。1991年3月に閉山し、選鉱場や竪坑の跡、隣接する隧道が残された。現在は跡地の一部が資料館や公園として

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神奈川県 横須賀市·廃墟・残骸

観音崎公園・砲台跡

神奈川県横須賀市の観音崎公園には、明治13年(1880年)に着工された東京湾要塞・観音崎砲台の遺構が今も残る。浦賀水道を扼する要衝として築かれたこの砲台群は、30センチ砲8門を備えた第一砲台などから成り、太平洋戦争終結まで陸軍の施設として使われ、長らく一般人の立ち入りが制限されていた。第一砲台は関東大震災で大破し、大正末期に廃止されたと伝わる。戦後は公園として整備され、砲台跡やレンガ造りの地下壕、

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東京都 台東区·廃墟・残骸

上野恩賜公園 地下防空壕跡

上野恩賜公園(通称・上野公園)は、江戸期には東叡山寛永寺の境内であり、1868年の上野戦争では彰義隊が新政府軍に敗れ、境内の多くが焼失した。1873年、太政官布達により日本初の公園の一つとして指定された後も、この地は戦争と災害の記憶を重ねてきた。太平洋戦争末期、園内には市民の避難のための防空壕が築かれたと伝わり、また1945年6月には地下を走る京成本線の東台門トンネルが鉄道省に貸し出され、列車を退

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徳島県 鳴門市·廃墟・残骸

ホテルニュー鳴門

徳島県鳴門市瀬戸町の鳴門スカイライン(県道183号線)沿い、瀬戸内海を望む断崖に建つ廃業ホテルである。1971年のスカイライン開通とほぼ同時期に、渦潮観光などの需要を見込んでドライブイン・レストラン・土産物店を兼ねた宿泊施設として開業したとみられる。外観は平屋のように見えるが、崖の斜面に沿って地下部分を含む数階分が連なる構造を持つ。1985年の大鳴門橋開通による観光客の流れの変化や、火災が経営難を

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スカイレスト・ニュー室戸
高知県 室戸市·廃墟・残骸

スカイレスト・ニュー室戸

高知県室戸市の室戸スカイライン沿い、室戸岬を見下ろす高台に建つ廃展望レストランで、正式名称は「スカイレスト・ニュー室戸」。1972年7月18日、総工費約1億2000万円をかけて開業し、展望レストランに加えて宴会場や結婚式場、遊戯施設を備えた複合施設として営業した。高さ約17メートル、直径3.5メートルの支柱3本を軸に据え、内部を螺旋階段とする独特の構造を持ち、強風の吹きつける立地に対応するため2階

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赤坂トンネル(羽村山口軽便鉄道廃線跡)
東京都 武蔵村山市·廃墟・残骸

赤坂トンネル(羽村山口軽便鉄道廃線跡)

羽村市から狭山丘陵にかけて敷かれていた軽便鉄道は、多摩湖(村山貯水池)や狭山湖(山口貯水池)の建設に必要な砂利や資材を運ぶ貨物鉄道として大正から昭和にかけて整備された。堤体の増強工事が終わると路線は廃止され、線路跡の一部は現在、武蔵村山市の野山北公園自転車道として整備されている。この自転車道には横田・赤堀・御岳・赤坂と名付けられた四つのトンネルが残り、最奥に位置する赤坂トンネルは特に不気味な場所と

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和歌山県 和歌山市·廃墟・残骸

深山砲台跡(加太砲台跡)

深山砲台跡は和歌山市加太にある明治期の砲台遺構で、大阪湾防衛のため紀淡海峡を挟んで築かれた由良要塞の一部として明治22年に着工し、明治30年前後に完成した施設である。日露戦争や太平洋戦争を通じて実戦に投入されることはなく終戦を迎え、戦後は一部設備が撤去された。現在は煉瓦造りの弾薬庫や観測所、トンネル状の通路が山中に残り、ハイキングコースとして整備されている。この遺構については、軍服姿の兵士とみられ

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奈良県 香芝市·廃墟・残骸

屯鶴峯防空壕(地下壕)

奈良県香芝市と大阪府の境に近い屯鶴峯は、噴出岩を主体とした奇岩地帯として奈良県の天然記念物に指定される一方、太平洋戦争末期に旧陸軍が掘削した全長約2キロの地下壕が今も残る。1945年、本土決戦に備え航空総軍の戦闘指令所として、専門部隊の技術者を含む約300人が動員され、わずか2カ月で掘り進められたと伝わる。動員された人員には徴用(徴兵)された朝鮮人の若者100人以上も含まれ、トロッコによる土砂運搬

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岐阜県 土岐市·廃墟・残骸

東濃朝鮮初中級学校跡

東濃朝鮮初中級学校は1975年、在日コリアンの子どもたちに民族教育を行う場として岐阜県土岐市に開校した。初級部・中級部・幼稚班を備え、多い時期には約100人が通ったとされる。しかし少子化や通学区域の変化により生徒数は減少し、1997年に中級部が、1998年には初級部が愛知県の東春朝鮮初中級学校へ統合される形で閉校した。以来、丘の上に建つ独特な外観の鉄筋校舎はそのまま残され、廃墟として知られるように

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