水辺

湖沼や淵は龍神を宿す聖域とされ、同時に水底へ人を引き込む境界でもあった。入水・水難・ダムに沈んだ集落の記憶が水面下に堆積し、河童や船幽霊として語り継がれてきた。鏡のように凪いだ水面ほど、深い沈黙の中で何かを映している。

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都道府県別の水辺スポット

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鎌北湖
水辺·埼玉県 入間郡毛呂山町

鎌北湖

埼玉県毛呂山町、奥武蔵の山ふところにたたずむ農業用の人造湖。1935年に灌漑用として築かれた古い溜め池で、「乙女の湖」とも呼ばれ、紅葉やヘラブナ釣りの名所として親しまれてきた。一方で、湖畔に長く廃墟のまま残ってきた旅館をはじめ、入水にまつわる暗い噂が積み重なり、埼玉県内でも知られた心霊スポットとして語られるようになった。湖を取り巻く杉木立は日中でも薄暗く、水面に山影が落ちる夕方には、釣りや紅葉でに

吹割の滝
水辺·群馬県 沼田市

吹割の滝

群馬県沼田市利根町追貝の片品川中流に位置する吹割の滝(ふきわれのたき)は、河床を侵食して形成された独特の滝である。一般的な滝のように川幅の端で落差を作るのではなく、片品川の流れが河床に走る亀裂を縫って横方向に流れ落ちるため、川幅全体が滝になっているような独特の景観を持つ。 地質は新第三紀の凝灰岩(白色から淡黄色のもの)で、約900万年前の海底火山活動で堆積した地層である。当時は海底だった場所が後

大久野島
水辺·広島県 竹原市

大久野島

瀬戸内海に浮かぶ無人島・大久野島(竹原市)は、今や野生ウサギの生息地として知られるが、その地下には第二次大戦という特異な歴史が刻まれている。昭和4年から20年にかけて、この島は日本帝国陸軍の毒ガス製造拠点となった。血液剤、催涙剤、びらん剤、嘔吐剤といった4種類の化学兵器が、約16年間で6000トンを超す規模で製造され、本土からの爆撃を避けるため地形上も秘匿性の高い場所が選ばれた。島内に居住していた

錦ヶ浦
水辺·静岡県 熱海市

錦ヶ浦

静岡県熱海市の南沿岸部に広がる約1キロメートルの断崖絶壁。崖の高さは80メートルに達し、兜岩・烏帽子岩・弁天岩など荒波に削られた奇岩が並ぶ。名前の由来は、朝日が水面に降り注ぐ際に五色に輝く光景から、京の錦織に因んで名付けられたことに遡る。 地質学的には、約60万年前に海底で噴火した多賀火山の魚見崎火山体の初期活動を示す重要な地層が露出している。水中で冷却された溶岩の破砕堆積物(水冷破砕溶岩)が特

千本浜首塚
水辺·静岡県 沼津市

千本浜首塚

駿河湾に臨む沼津市の千本浜は、黒い松がたち並ぶ海岸景観で知られる。この浜の名前の由来は、江戸時代に暴風から集落を守るため植林された防潮松で、当時は千本の松が風波を阻むために張られていたとされる。ただ、その地層の下には、戦国期の傷痕を秘めた別の時間が眠っていた。 天正8年(1580年)、駿河への勢力拡大を図る武田軍と、これを迎撃する北条軍が千本浜沖で海上衝突した。砲火のなかの戦闘は沖から海岸へと移

田川市伊田竪坑周辺
水辺·福岡県 田川市

田川市伊田竪坑周辺

福岡県田川市の伊田竪坑周辺は、日本の産業遺産を象徴する場所である。明治43年に完成した竪坑櫓は高さ28.4メートルで、イギリスから輸入された鋼材を使用した国内最大級の明治期産業施設として、当時「日本三大竪坑」の一つに数えられていた。三井田川鉱業所の中核として、昭和39年の閉山まで筑豊炭田随一の規模を誇った重要な炭鉱である。 この地の暗い歴史として、昭和10年7月13日に大規模なガス爆発事故が発生

与兵衛沼公園
水辺·宮城県 仙台市宮城野区

与兵衛沼公園

仙台市宮城野区の与兵衛沼は、寛文11年(1671年)に仙台藩士鈴木与兵衛が私財を投じて築造した灌漑用の溜池である。江戸期には周辺田畑の水源として機能してきたこの沼は、戦後の都市化の中でも開発を免れ、往時の景観を保持してきた。現在は約26ヘクタールの公園として整備され、沼周辺に約1.5キロメートルの遊歩道が巡らされている。 水面に佇むような人影が現れるという目撃談、水辺からのささやき声、夜の静寂に

化女沼レジャーランド(跡地)
水辺·宮城県 大崎市

化女沼レジャーランド(跡地)

宮城県大崎市(旧古川市)の化女沼のほとりに広がる遊園地の跡地である。仙台空襲で焼け野原となった街を少年期に目にした地元の実業家が、故郷を活気づけようと田畑を転用して整備し、1979年に開園した。最盛期には年間二十万人規模の来園者を数え、野外ステージでのコンサートも催されたが、競合施設の登場とバブル崩壊による客足の落ち込みによって2001年に休園し、そのまま閉園に至った。観覧車やジェットコースター、

志賀島蒙古塚
水辺·福岡県 福岡市東区

志賀島蒙古塚

福岡市東区の志賀島は博多湾と玄界灘を隔てる細長い島で、中道でつながっています。島北部に立つ蒙古塚は、十三世紀の元寇で博多湾一帯が戦地となった際、戦死した蒙古軍兵士の供養塔として伝えられています。玄界灘を望む丘陵に位置する慰霊の場です。 海風や波音が響く静寂のなかで塚を前にすると、元寇という国際的な戦の記憶が、海の景観に深く融け込んでいることに気づかされます。訪問者は多くの場合、この場所で歴史への

月形樺戸博物館旧集治監
水辺·北海道 樺戸郡月形町

月形樺戸博物館旧集治監

北海道樺戸郡月形町に建つ月形樺戸博物館は、明治時代に置かれた樺戸集治監(かばとしゅうじかん)の本庁舎を活用した郷土資料館である。1886年(明治19年)建立、樺戸集治監の旧本庁舎は北海道に現存する明治期の官庁建築として希少な存在で、北海道有形文化財に指定されている。 樺戸集治監は、明治政府が北海道の開拓労働力確保と治安維持を兼ねる目的で1881年(明治14年)に設置した監獄である。同時期に空知集

金城埠頭
水辺·愛知県 名古屋市港区

金城埠頭

名古屋港の中央に広がる島式埠頭。昭和38年(1963年)の埋め立て開始から現在まで、商港とレジャーの複合地帯として変容してきた金城埠頭は、近年になってインターネットで心霊スポットとして名前が挙がるようになった。 その名は、名古屋城の別称「金城」に由来し、1965年に一般公募で命名された。戦後の名古屋港拡張計画の一環として造成され、昭和43年には日本初のフルコンテナ船が入港するなど、自動車や機械の

入鹿池
水辺·愛知県 犬山市

入鹿池

愛知県犬山市の入鹿池は、1633年に江崎善左衛門ら入鹿六人衆により開削された尾張地方最大級の灌漑用ため池である。周囲16キロメートル、貯水量1,518万立方メートルの規模は、全国でも有数であり、三百年以上にわたり尾張平野の農業を支えてきた水利施設として機能してきた。 明治元年(1868年)5月、連日の豪雨により堤防が決壊する大災害が発生した。この「入鹿切れ」では、下流域の133町村に及ぶ広大な地