
宿泊・居住跡·三重県 名張市
名張市旧伊賀の忍者屋敷廃墟
三重県名張市を含む伊賀地域は、鎌倉から室町時代にかけて地域の自治勢力が群雄割拠する中で、民間人が自衛の技術としてゲリラ戦法を磨いた土地である。このような環境の中から伊賀流忍術が形成された。戦国時代には、伊賀の忍者は戦国大名に傭兵として従軍し、記録に登場するようになる。 名張市の山中には、かつての屋敷跡や遺構が点在している。名張藤堂家邸跡など、地域の歴史を示す施設が残存する一方で、人口流出と時間経過により、山間部の一部の屋敷は廃墟化している。赤目四十八滝の麓は、伊賀流忍者の祖とされる百地丹波も修行の地とした場所であり、修練に適した山岳環境が歴史と一体となっている。 現在、伊賀地域の忍術文化は忍者博物館や公開施設を通じて継承されており、地域としての文化遺産の保全が進められている。