三重県水辺系 心霊スポット

2 件の「水辺」に絞り込み

三重県の心霊文化

伊勢神宮を擁する三重県は、二千年の祈りと熊野の修験が交わる日本最古の聖地である。御杖を伝う伊勢の杜の深い静寂と裏腹に、自殺の名所として語られる青山高原の風車群、お伊勢参りの難所に穿たれた旧鬼ヶ城トンネル、熊野古道の苔むした石畳——天照大神を祀る神聖な気配と、参詣道に倒れた巡礼者たちの無念が、伊勢志摩の海風の中で今も静かに同居している。

水辺という場所

湖沼や淵は龍神を宿す聖域とされ、同時に水底へ人を引き込む境界でもあった。入水・水難・ダムに沈んだ集落の記憶が水面下に堆積し、河童や船幽霊として語り継がれてきた。鏡のように凪いだ水面ほど、深い沈黙の中で何かを映している。

旧伊勢廃製塩場跡
水辺·三重県 伊勢市

旧伊勢廃製塩場跡

三重県伊勢市の海岸部に現存する旧製塩場の遺構。伊勢神宮に奉献される御塩の製造に関わった施設の跡地と考えられている。御塩の製造は倭姫命が内宮御鎮座時代に二見浦で定めたとされ、塩・米・水は古来より天照大御神への重要な神饌とされてきた。御塩殿神社は現在も五十鈴川河口で入浜式塩田による製塩を続けており、7月の塩を採取する作業から3月の焼き固めまで、伝統的な手法で塩が製造されている。 廃塩場跡の周辺は潮風が強く、塩分による風化が進んでいるほか、満潮時の冠水が地盤を不安定にしている。遺構自体は公開されていない私有地であり、伊勢神宮関連の文化財でもあるため一般の立ち入りは許可されていない。ネット上では、この場所を訪れた際に身体の重感や方向感覚の喪失を経験したとする報告が散見されるが、濃霧時の視界の悪さ、塩分による高周波音、不安定な足場からくる心理状態の変化などの物理的要因が考えられる。

水辺·三重県 津市

中河原海岸(文化村海岸)

三重県津市の中河原海岸(文化村海岸)は、1955年7月28日に発生した橋北中学校水難事件の現場として知られる。女子生徒の水泳訓練中に原因不明の強い潮流が生じ、36人が溺死した。刑事・民事の裁判でも異常流の科学的な原因は特定できなかったとされる。生存者からは、水中に引き込まれる際に何者かに足をつかまれたとの証言が伝わり、防空頭巾やモンペ姿の人影を見たという話も残るが、事故直後の記録にはこうした証言は見当たらず、新聞などで広く報じられたのは事故からおよそ1年後だったとする指摘もあり、後年の検証番組では記者による脚色の可能性が語られたこともある。事故のちょうど10年前の同じ7月28日には、この海岸付近で空襲による死者が出たとも伝えられ(死者数や埋葬の詳細は資料により異同がある)、二つの悲劇が同じ日付に重なることが不思議な因縁として語られる。テレビの検証番組では、当初は心霊現象を軸に構成されたものが、後の放送では離岸流など科学的な原因分析を中心とした内容に改められたこともある。事故翌年の1956年には犠牲者を慰霊する女神像が建立され、像が血の涙を流すという噂も存在する。ネット上では「引き上げられなかった遺体がある」との声も見られるが、犠牲者全員が当日中に収容されたとする記録があり誤伝とされる。現在も遊泳禁止が続き、心霊スポットとして紹介されることがある。

三重県の他のカテゴリ