
集落・廃村·愛媛県 松山市
旧四国廃修道院跡
愛媛県松山市郊外の丘陵には、明治から大正期にかけてカトリック聖ドミニコ修道会による宣教活動の一環として建設された西洋建築の遺構が存在するとされる。1904年に四国はドミニコ修道会ロザリオ管区の宣教地となり、1911年には松山市内に聖堂と司祭館が建築された。修道院跡は瓦屋根の日本的景観の中で異質な存在として地元に記憶されており、昭和初期の閉鎖以来、建物の荒廃が進んできた。 訪問者の中には、建物周辺で冷気や詠唱に似た音を感じたという報告があり、また窓を通して内部に人影が見えるという体験を語る者もいる。こうした目撃談は、信仰共同体の歴史や遠隔地から信仰のために集った人々への地域的な記憶と結びついているものと考えられる。西洋風建築が日本の農村風景に与える異質感が、現象の解釈を増幅させている可能性がある。