
軍艦島
長崎県長崎市高島町に属する端島は、長崎港の南西約19キロメートル沖合に浮かぶ無人島である。海上に黒い壁のように立ち上がる外観から、大正期から「軍艦島」の通称で呼ばれてきた。 面積は0.063平方キロメートル。東京ドーム1.3個分ほどの小さな岩礁を、護岸と高層集合住宅で囲った人工島と表現したほうが正確かもしれない。明治期から海底炭鉱の拠点として開発され、三菱が経営権を取得した1890年以降、本格的な採炭基地として整備が進んだ。 人口がピークを迎えたのは1959年。5,259人が住み、人口密度は東京特別区の9倍を超えた。日本初の鉄筋コンクリート造高層集合住宅である30号棟(1916年竣工)を皮切りに、学校、病院、神社、映画館、パチンコ屋まで島内に揃っていた。 戦時中の労働者構成については、長崎県や長崎大学が継続的に調査と公開を行っている。朝鮮半島出身者と中国人労働者が動員されていたことは公的記録に残り、過酷な労働環境下で命を落とした人々もいた。慰霊事業は現在も続いている。 1974年1月15日、エネルギー転換の波を受けて炭鉱が閉山。同年4月に最後の島民が島を離れ、以来50年にわたって無人のままである。建物は風雨と塩害で急速に崩落が進んでいる。 2009年、長崎市が観光ツアーを開始。2015年、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録された。現在は指定された見学通路から島の南西部のみ見学可能で、定められたコース以外への立ち入りは禁止されている。








